2025年11月18日に大分市佐賀関(さがのせき)で発生した大規模火災は、
日本の火災史においても非常に大きな被害をもたらした事案となりました。
この火災について、発生の経緯から被害状況、
そして現在の復興への動きまでをまとめました。
1. 発生の経緯と延焼の背景
2025年11月18日午後5時40分頃、
大分市佐賀関の住宅密集地で火災が発生しました。
通報当初から「風が強く吹いている」という声が上がっていた通り、
当夜の佐賀関周辺は最大風速15メートルを超える強風に見舞われていました。
この強風が最大の要因となり、火勢は一気に拡大。
古い木造家屋が立ち並ぶ住宅密集地であったことも災いし、
火は水平方向へ次々と延焼しました。
驚くべきことに、火の粉は強風に乗って約1.4キロメートル離れた無人島
「蔦島(つたじま)」にまで飛び火し、
島の一部を焼くという異例の事態にまで発展しました。
2. 甚大な被害状況
火災は発生から完全に鎮火するまで約10日間を要しました。
大分市および消防当局が発表した最終的な被害規模は、
以下の通り極めて甚大です。
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延焼棟数: 187棟
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類焼面積: 約48,900平方メートル(東京ドームの建築面積を超える規模)
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人的被害: 1名死亡、1名負傷
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避難状況: 最大時で125世帯188人が避難所へ身を寄せた
この規模は、2024年の能登半島地震に伴い発生した
「輪島朝市」の火災に匹敵する、近年稀に見る大火となりました。
3. 「自然災害」としての認定と行政の動き
大分県および大分市は、
今回の火災が単なる火事の域を超えた甚大な被害であるとし、
「災害救助法」を適用しました。
さらに佐藤知事は、延焼拡大の主因が強風という不可抗力であったことから、
本件を「自然災害」として認めるよう国に働きかけました。
これが認められれば、2016年の新潟県糸魚川市大規模火災などに続き、
全国で4例目のケースとなります。
これにより、被災者生活再建支援法に基づき最大300万円の支援金が支給されるほか、
がれき(廃棄物)の処理費用も公費負担となるなど、
被災者の負担軽減が図られています。
4. 避難所の閉鎖と復興への道のり
火災から約1か月半が経過した2025年12月26日、
避難所となっていた佐賀関市民センター(公民館)が閉鎖されました。
最後まで残っていた避難者も含め、
全員の仮住まい(市営住宅など)が決まったためです。
被災者の方々からは「やっと畳の上で眠れる」と安堵の声が漏れる一方、
慣れ親しんだ佐賀関の地から一時的に離れなければならない寂しさも残っています。
5. 現在の状況とこれからの課題
12月末現在、現地では公費による家屋の解体・撤去に関する
住民説明会が行われ、復興への具体的なステップが始まっています。
大分市は今後2年以内を目途に、
被災者のための復興住宅の建設を目指す方針です。
また、年末という時期もあり、
地元の神社では復興への願いを込めたしめ縄の張り替えが行われるなど、
地域住民同士の絆を維持しながらの再建が進められています。
まとめ:私たちにできること
この佐賀関の大規模火災は、
強風下での火災がいかに制御不能な脅威となるかを改めて突きつけました。
現在、地元大学生による募金活動や、
被災者への聞き取り調査なども続けられています。
この火災を風化させず、防火意識を高めるとともに、
被災された方々が一日も早く「元の暮らし」を取り戻せるよう、
息の長い支援が必要です。
